シカは水を飲まない? 俗説と現実

2025年07月29日

「シカは水を飲まない? 俗説と現実 」


【はじめに】

「草食動物には飲み水が必要ない」という言説を耳にしました。主にヤギを飼育する人たちの間で広まっているようですが、野生のシカなどにも同様の主張が当てはめられていることを知りました。その根拠として挙げられるのが、「草食動物は植物を食べるため、植物に含まれる水分だけで生きられる」というものです。

しかし、この主張は本当に正しいのでしょうか?

この記事では、主にシカの水分補給に焦点を当て、この言説の妥当性について考察します。



【シカにも飲み水は必要です】

結論から述べると、シカのような草食動物であっても、飲み水は必要不可欠です。植物に含まれる水分(いわゆる「形成水」)だけでは体内の水分需要を十分にまかなうことはできず、野生のシカも定期的に地表水などの水源を利用して水分補給を行っています。



【シカが得る水の供給源】

シカが水分を得る手段は、以下の3つに分類されます。


  • 自由水(地表水):川、池、水たまりなど外部の水源から直接摂取する
  • 形成水:植物に含まれている水分
  • 代謝水:食物の代謝過程において体内で生成される水分


これらのうち、とくに自由水の摂取が健康維持のために重要です。



【飲み水が果たす役割】

水分補給は、シカの生命維持において極めて重要です。具体的には以下のような身体機能に関与しています。


  • 代謝機能の維持

  • 排泄作用の正常化

  • 体温調節

  • 栄養素の運搬

  • 妊娠・授乳・成長に伴う水分需要の増加

  • 角の正常な発達

  • 老廃物の排出


また、シカの体内水分は、尿や糞、呼吸(特に「ハアハア」とする息をきらす呼吸)、そして授乳などの過程で失われます。そのため、これらに応じた定期的な水分補給が必要になります。



【飲み水の不足が体に与える影響】

水分が不足すると、シカは脱水症状を起こし、次のような影響が出る可能性があります。


  • 無気力、衰弱

  • 体温調節の障害

  • 消化機能の低下

  • 感染症への抵抗力の低下

  • 角の発達異常(25センチ以上の欠損の可能性があるという報告も)


脱水状態が長期化すれば、体重の減少や虚弱化が進み、捕食や病気に対する脆弱性が著しく高まります。



【シカは1日にどのくらい水を必要とするのか】

オジロジカに関する研究によれば、以下のような水分摂取量が報告されています。


  • 体重約45kg(100ポンド)のシカ:1日あたり約1.4〜2.8リットル

  • 体重約90kg(200ポンド)のオスジカ:1日あたり約2.8〜4.7リットル


平均的には、1頭あたり1日約3リットル程度とする推定もあり、環境条件によっては1日あたり最大20リットル(23.8481ℓ )以上もの水を必要とするケースがあると考える研究者もいます。また、実際は「食物の2〜3倍の水を摂取する」と考える研究者もいます。



【水分摂取量は条件によって大きく変わる】

水の必要量は、環境、季節、年齢、行動状態などによって変動します。たとえば、


  • 質の良い植物が豊富な地域では、植物由来の水分である程度まかなえるため、自由水の摂取頻度は少なくなる(長期間水源を利用しない)。

  • 反対に、水分の少ない植物や乾燥した環境では、水源を頻繁に利用する必要があります。

  • 授乳期のメスや成長期の個体では、通常以上の水分が必要です。

  • 発情期のオスは食事量が減るにもかかわらず、活動量が増えるため水分の重要性が増します。


また、気温が高くなる夏場には水分の消耗が激しくなり、気温に比例して水分摂取量は増加します。シカは体温を下げるために「ハアハア」と息を切らしますが、この呼吸法そのものが水分を奪います。これは脱水の兆候であり、早急な水分補給が求められる状態です。

冬場も水分需要は夏ほどではないにせよ、依然として必要です。



【まとめ】

「草食動物には飲み水がいらない」という言説が、どこから広まったのかは定かではありませんが、誤解を生みやすい主張であることは確かです。

たしかに、良質な植物が豊富な地域に生息するシカは、植物から得られる形成水によって、ある程度の期間、水源に依存せずに過ごすこともあります。しかし、これは「シカに水は不要」ということではありません。この点は正しく理解しておく必要があります。

シカも人間と同様に、飲み水は健康と命を維持するうえで不可欠です。とくに飼育下にある個体に対しては、適切な水の供給を行うことが飼育者の責任であり、怠ってはなりません。

このことはシカに限らず、ヤギにも当てはまります。

必要とされる水分量は、季節、健康状態、活動量、食物の質など、さまざまな要因によって変動します。環境と個体によって水分摂取量は異なるため、「これだけ与えれば十分」といった画一的な対応は避けるべきであり、人間と同様、動物たちに対してもその状況に応じた柔軟な対応が求められます。



主な参考文献

Enviroliteracy Team  What happens when the deer is thirsty? ELC(最終閲覧日:2025年7月29日)。

https://enviroliteracy.org/what-happens-when-the-deer-is-thirsty/#google_vignette


Enviroliteracy Team  Do deer drink water during the day?  ELC (最終閲覧日:2025年7月29日)。

https://enviroliteracy.org/do-deer-drink-water-during-the-day/


「ヤギの福祉について」A Voice For The Voiceless(最終閲覧日:2025年7月29日)。

https://ameblo.jp/a-voice67/entry-12661735536.html