シカの報道に対する 批判的考察ー報道に流されないでー

2024年05月26日

近年、シカによる農林業被害が深刻化していることが頻繁に報道されています。これらの報道内容には強いバイアスがかかっていることがほとんどです。その報道が動物を「駆除」するという国策を支え、強固にしています。

2024年5月4日のTBSテレビのニュース番組「NEWS23」では、「『この森、使いものになりますか?』深刻化するシカの食害 シカから森林を守るためには?共生するためには?」と題した報道がありました。この報道および記事では、シカとの共生に言及しつつも、シカのみが槍玉に上げられ、狩猟とジビエの振興を促す内容が偏った報道に基づいて伝えられていました。


「『この森、使いものになりますか?』

深刻化するシカの食害 シカから森林を守るためには?共生するためには?」

TBS報道はこちらです↓↓↓


【この記事の問題点】


問題点1. 人工林に対して、森林の「健全」と表現していること

問題点2. シカを捕獲、捕殺する場面を報道していること

問題点3. シカによる被害を強調し、シカへの危機感を煽り、狩猟を振興していること

問題点4. 最後にジビエの消費に繋げていること



〈問題点1. 人工林に対して、森林の「健全」と表現していること〉


森林法で定義されている森林は、「集団的に生育している樹木や竹と、それらが生育している土地」であり、人工林も含まれます。

しかし、人工林と森林は別物であり、分けて考える必要があると考えます。保全生態学者の小池氏(北海道大学)らは、人工林を「天然(生)林や人工林の樹木を全て収穫し、そこに目的の樹種を植林して育てた森林」と定義しています。 これは、そこに存在した生態系をいったん除去したあと、目的の樹種に置き換えられた森林、林種転換された森林を指します(*1)。

人工林は人工物であり、人間の手で植栽し、管理して育てる森林です。単一の樹種のみを育てる人工林では、その種の効率的な生育を妨げる他の種は排除し、樹種や生き物の多様性に乏しい環境に作り上げます。それは自然環境や自然動植物が作り出す自然の環境とは全く別の環境です。

人工林が人間にとって都合のいい状態であることを、自然林と同様に「健全な状態」「健康な状態」と表現するのは適切ではありません。

このように表現することで、視聴者に誤解を与える可能性があります。

視聴者が「森林の健全さ」と聞くと、さまざまな生き物がいて、緑豊かな自然環境を想像するのではないでしょうか。そして、その緑豊かで多様性ある自然環境を維持するために、報道にあるようなシカをはじめとする動物の個体数管理(捕獲)はやむを得ないと考えるかもしれません。

しかし自然の森林では、生物の多様性を維持するため、本来人間が介入する必要は、例外を除きほとんどありません。視聴者が上記のような誤解を抱くことは、長期的に見て、自然の生物多様性を損なう第一歩となり得るでしょう。



〈問題点2. シカを捕獲・捕殺する場面を報道していること〉


実際にシカが殺される場面の報道はされていませんが、殺傷能力のある猟銃や発砲の様子を報道したり、死亡したシカの姿をテレビに映したりするのは、報道倫理には反しないのでしょうか?

殺傷能力のある武器やその発砲音を見聞きしたり、武器が動物に向けられる画像を見たりすることで精神的なダメージを受ける視聴者がいます。動物たちが困っていたり、殺されたりする報道によって心を痛め、大きなショックを受けている人もいることを知ってほしいです。

報道機関は、視聴者への配慮を行うとともに、動物を含めた他者に対する暴力を容認しない報道に努めてほしいと思います。



〈問題点3. シカによる被害を強調し、シカへの危機感を煽っていること〉


環境省や農林水産省は、シカによる農林業や生態系被害は深刻であり、シカの個体数を半減させる必要があるとしています(*2) 。

しかし、シカによる被害はシカの命を奪ってよい理由にはなりません。

感覚的存在である個々の動物たちは道徳的配慮に値する存在です。人間が木の皮を剥いだり、田畑の作物を盗んだりしてもその人が殺されないにも関わらず、他の種の生命維持活動に対して、それを被害と言い、その種を駆逐しようとするのは、種差別に他なりません。

社会通念として動物への虐待や殺害は否定的ですが、シカによる被害を強調し、シカの個体数を問題にすることで、シカたちの捕殺のハードルが下がります。つまり「暴力の正当化」が行われているのです。

メディアもシカに関する報道の際には、必ずシカによる被害の深刻さを前面に押し出して報道しています。

今回のこの報道でも、シカによる被害が誇張されており、視聴者は必要以上にシカに対する危機感を持つことになります。シカによる被害を強調することで、シカという種の存在に対する危機感を人びとに抱かせ、「シカは駆除しなければならない」という思考へと誘導しています。

これらの報道は、シカたちが生息する自然環境や、本質的な問題に目が向けられていません。

シカによる被害は、シカの個体数と必ずしも比例関係にあるわけではなく、シカたちが生息する自然環境の影響を受けていることが明らかになっています(*3)。一方でこの報道では、ハンターがシカによる被害を抑えてきたと語られていますが、狩猟がシカによる被害を軽減してきたという根拠はありません。

農林業被害については、適切な防除対策を行政や政府が行えば、被害を軽減することができます。

例えば、森林研究・整備機構森林整備センターの甲府水源林整備事務所の研究により、獣道を残した小規模な防除柵を設置することで、 シカによる苗木被害を軽減できることがわかっています(*4)。さらに、シカによる問題は、「シカたちに強制的に住まわせている劣化した環境にある」(*5)と述べている研究報告もあります 。シカたちは人間が改変した自然環境の変化に適応しながら、生活しにくい環境でひっそりと生命維持活動を行っています。

好き勝手生活しているのは、シカたちではなく人間側です。

自然生態系を構築している構成員を殺すことは、自然生態系破壊でもあります。

メディアには、自然環境に焦点を当てた問題の本質を取り上げてほしいと思います。



〈問題点4. 最後にジビエの消費に繋げていること〉


農林水産省や各自治体がジビエの消費推進を積極的に行っています。それに伴い、各メディアもジビエを紹介する報道を盛んに行っています。つまり、ジビエは国策なので官民一体となりそれを進めているのです。

ジビエを取り巻く現状は、政府や行政、メディア、政党の癒着構造で動いています。ジビエ利権は急速に拡大しており、官製ビジネスであるジビエに大手企業も参入している状態で、一般の市民もこのジビエ利用に乗りかかっており、シカの死体の有効利用に多額の交付金が流れています。

そのため、駆除の目的がシカによる被害への対策からジビエのためにすり替わり、実際のシカによる農業被害等に関係なくシカが駆除されています。メディアによるジビエを推進する報道は、これを助長させるでしょう。

また、野生動物を殺しその死体を摂取したり利用したりすることの問題も認知される必要があります。

「野生動物の殺害や利用は、新たなパンデミックを引き起こす可能性がある」(*6)と、自然環境保護活動家で霊長類学者のジェーン・グドール氏など、多数の研究者らが警鐘を鳴らしています 。

野生動物を殺しその死体利用を進めるのではなく、自然環境とそこに棲む動物たちに目を向けて、問題の根本的解決に向けた研究や対策を行っていくべきであると考えます。



〈おわりに〉


この報道は、シカを槍玉に上げて狩猟とジビエを振興に結び付けるものです。視聴者の認識の誘導が巧みな表現と構成で行われており、シカたちにとって悪意ある偏った報道です。

上述したように、政府はシカの個体数半減計画を掲げているため、このような偏った報道を通して、シカの捕殺を「正義」として行うことができるようになります。これは暴力の正当化であり、断じて容認できないことです。

報道機関は、権力側の方針や思惑にそのまま従って報道するのではなく、視聴者に問題の本質を知る機会、問題の解決策について考えられる機会を提供し、正確な情報と根拠に基づいた偏りのない情報発信を行うべきです。

また政府機関は、利権で物事を進めたり短絡的で一時的な解決策を採用したりするのではなく、野生動物と自然環境の相互の関係性や、自然環境開発に伴う動物の行動変化などの研究に基づいてよく検討し、問題の根本的解決を目指す施策を行うべきです。





参考文献

*1 小池考良・中村誠宏・宮本敏澄 『森林保護学の基礎』一般社団法人 農山漁村文化協会、2021年。

*2 「いま、獲らなければならない理由」環境省・「全国の野生鳥獣による農作物被害状況について(令和4年       度)」

   https://www.env.go.jp/nature/choju/docs/docs5/imatora_fin.pdf

   https://www.maff.go.jp/j/seisan/tyozyu/higai/hogai_zyoukyou/、(最終閲覧日:2024年5月24日)。

*3  揚妻直樹「野生シカによる農業被害と生態系改変:異なる二つの問題の考え方」北海道大学

*4 「獣道残す防護柵に効果 深刻なシカの食害を軽減 被害多い地域へ導入期待/山梨」毎日新聞、(最終閲覧               日:2025年5月13日)。 https://mainichi.jp/articles/20190814/ddl/k19/040/186000c 

*5 Stephanie Allen Research suggests blaming large numbers of herbivores for ecosystem damage might    not be wholly accurate  University of Sussex PHYS ORG、(最終閲覧日:2024年4月11日)。

*6 「国連ピース・メッセンジャー ジェーン・グドール博士からのメッセージ『私たち全員が行動を』(UN    Chronicle 記事・日本語訳 )」国際連合広報センター、(最終閲覧日:2024年5月13日)。