シカの個体数増加原因のひとつとして言われているオオカミ不在説ー研究は正しくないことを示しています
シカが増える原因のひとつとして言われているのが「オオカミ不在説」です。
このことは、野生動物と関わる方たちの間でも一般的に認識されていることですが、過去や最新の研究結果では、オオカミがシカの個体数を減少させているというより、シカの行動を変化させていると報告されています。
アメリカ、ウィスコンシン州で自然界にオオカミ導入後によるシカと車両による接触事故を調査した報告書によると、オオカミ導入後、シカと車との接触事故が24%~減少したことが明らかになりました。この減少のほとんどは、「オオカミの捕食によるシカの個体数減少ではなく、シカのオオカミに対する行動的反応によるものである」とうことです。
シカたちは、捕食者であるオオカミから身を守るために行動を変化させており、ガラティンキャニオンで行われた研究によると、エルクは非常に順応性があることが証明されました。
「オオカミがいるとき、彼らはより警戒し、より少ない採餌をする」ことが明らかになり、エルクはオオカミがいると樹木が茂る場所に移動しますが、オオカミがいなくなると開けた牧草地に戻ります。
また、北海道大学の揚妻直樹准教授の研究でも、オオカミがシカの個体数を抑制している事例は必ずしも多くないとし、もし、オオカミがシカの個体数を減少させるならオオカミ絶滅後にシカの個体数が急激に増加していると語っています。
揚妻氏は「シカの個体群が回復してきたのは、オオカミ絶滅後100年もの後のことである」と時系列で納得の説明をしてくれています。
揚妻氏の論文には、「犬がシカ類の行動を変化させることは知られているが~」と書かかれており、オオカミや犬が他の動物の行動を変化させるという、この視点は重要であると思います。
なぜなら、この種間の関係性こそが、生態系であり自然環境の健全性を高める働きがあると考えるからです。
しかも、オオカミたちは、シカの個体数が減少すると別のメニューに切り替えることが新しい研究で明らかになっています(オオカミにとってシカの個体数が減少するのは好ましくない)。このことは、揚妻氏も語っていました。
イエローストーン国立公園の研究では、オオカミ不在による生態系の変化が確認され(オオカミ導入後の変化も確認され)、ひとつの種がもたらす生態系への影響は大きく、複雑であることを示唆しています。
日本では、オオカミの乱獲により1905年1月に若いオスを最後に絶滅してしまいました。
日本でもオオカミ導入の議論が行われていますが、日本の場合、ニホンオオカミではなく亜種を導入することになります。このことが、社会にどのような論争を引き起こすか危惧します。
シカの「増加問題」に対し、さまざまな憶測がありますが、大事なのは綿密な科学的調査です。
綿密な調査をされている研究者や研究者の研究結果(論文など)に注目し、わたしたちの意識も高めていきたいものです。
参考文献
揚妻直樹「シカの異常増加を考える」HOKKAIDO UNIVERSITY 、(最終閲覧日:2021年12月21日)。https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/54808/1/65_2_108_116.pdf
BRODIE FARQUHAR Wolf Reintroduction Changes Ecosystem in Yellowstone National Park Trips、(最終閲覧日:2021年、12月21日)。https://www.yellowstonepark.com/things-to-do/wildlife/wolf-reintroduction-changes-ecosystem/
Paula Dobbyn Alaska's Coastal Wolves Are Not Picky Eaters Hakai magazine、(最終閲覧日:2021年12月21日)。https://hakaimagazine.com/news/alaskas-coastal-wolves-are-not-picky-eaters/
Jennifer L. Raynor, View ORCID ProfileCorbett A. Grainger, and
Dominic P. Parker Wolves make roadways safer,
generating large economic returns to predator conservation PNAS、(最終閲覧日:2021年12月21日)。https://www.pnas.org/content/118/22/e2023251118
文責 WDI代表 岡田友子