動物の「愛護」とは

2025年05月28日


【「愛護」という言葉の意味】

辞書によると、「愛護」とは以下のように定義されています。


● かわいがり保護すること(広辞苑)

● 大切なものだと、大事にすること(明鏡国語辞典)


この「かわいがる」「保護する」「大事にする」といった行為や「大切なもの」とする認識は、個人によってその形や捉え方が異なります。これらはあくまで人間が主体となって行うものであり、対象となる動物たちの意思や立場は基本的に含まれていません。つまり、「愛護」という言葉自体が、人間の主観的な視点で成立している概念なのです。

【日本における「動物愛護」という概念】

日本では、動物に関する法律に「動物の愛護及び管理に関する法律」が存在し、一般にも、「動物に対して大事なのは愛護精神だ」と語られることがあります。しかし、この「愛護」という概念が人間側の主観であることを忘れてはなりません。場合によっては、人間の価値観を一方的に動物たちに押しつけることにもなりかねないのです。

実際、動物の「愛護」という言葉は、日本独自もので、他国語に正確に訳すことが難しいと言われています。日本研外来研究員の春藤献一氏は、この法律の英訳"Act on Welfare and Management of Animals"は「適切な翻訳とは言えない」と指摘しています。

【他の国との違い】

諸外国では、人間以外の動物たちに関する概念として、「動物虐待防止法」「動物の福祉(Animal Welfare)「動物の権利(Animal Rights)」など、意味がより明確な用語が使われています。春藤氏もエッセイで述べているように、これらは「動物愛護」と異なる概念です。

たとえば「動物福祉」は動物自身の利益や生活の質を重視するものであり、人間の感情に基づく「愛護」とは根本的に立場が異なるのです。

他の国では、人間以外の動物たちは「感覚を持つ生き物である」という理解が広がをみせ、その認識が法律に反映されている国があります。

【環境省が示す「愛護」の定義】

環境省の資料「動物の愛護管理の歴史的変遷」では「動物の愛護及び管理に関する法律」において使用されている「動物の愛護」には次の2つの意味があるとされています。


● 動物に対する実態的な行為(例:虐待防止、習性への配慮)

● 生命尊重などの理念(例:畏敬の念)


このため、資料内には動物愛護法における「動物の愛護」は「『動物の福祉(Animal Welfare)』と同義の述語であるとみなすこともできる」と書かれています。

同じく環境省の資料「動物の愛護および管理に関する施策を相互的に推進するための基本的な指針」、「動物の愛護および管理の基本的考え方」では、「動物の命の尊厳を守ること」が重要とされる一方で、「人は、他の生物を利用し、その命を犠牲にしなければ生きていけない存在である。このため、動物の利用又は殺処分を疎んずるのではなく、自然の摂理や社会の条理として直視し、厳粛に受け止めることが現実には必要である」とも記されています。

つまり、愛護法は「命の尊厳」を掲げながらも、実際の運用においては人間社会の都合が前提とされていることが読み取れます。

【「愛護」と「福祉」は同じではない】

このように「愛護」はあくまで人間の主観の概念です。一方「動物福祉(Animal Welfare)」は個々の動物たちを主体とし、その生活の質(QOL)に配慮する考え方です。

動物福祉について、環境省の資料には「人間の利益を著しく損なわない等といった一定の規則内の保護を与える性格であり、動物利用を否定しているものではない」といった記述があり、動物福祉は人間側の都合を前提とした、条件付きの解釈として位置づけられていることがわかります。

環境省が用いる「動物の福祉」の定義は、イギリスで確立された「5つの自由(Five Freedoms) 」を参考にしており、一定程度は国際的な合意に沿おうとする姿勢も見られます。

動物福祉とは、種としての習性や個体の独自性を尊重し、その個体の精神的・身体的・社会的ニーズなどに応じて動物たちの健康と幸福を促進できる環境を可能な限り整えていく、個体を尊重するものです。そこに人間の(身勝手な)都合を持ち込む余地は、本来ありません。

【「愛護」と「福祉」「権利」の混同がもたらす問題】

「動物の愛護」「動物の福祉」「動物の権利」は、それぞれ異なる性質(*1)を持っています。これらを混同してしまうと、動物たちのために築かれてきた理念(や制度)の根幹を曖昧にしてしまう恐れがあります。

*1「動物福祉」と「動物の権利」は、「思想的には根っこは同じ」(川上 2015)で、重なる部分もあります。しかし、今回の記事ではその点には踏み込まず、触れないこととします。

特に「愛護」という枠の中に「福祉」や「権利」まで無理に包含しようとする姿勢は、その性質の骨格そのものを崩してしまう危険があります。

【まとめ:動物たちの主体性を重視するために】

日本における「動物の愛護」という概念は、国際的な基準とは異なり、人間の感情や価値観を中心に捉えたものです。そしてそれは個人ごとに異なり、評価や判断は非常に複雑になります。

そのため、「愛護」を法律に取り入れることは、動物の保護を曖昧にし、結果として感覚的動物である「個々の動物たち」の存在を軽視されるリスクも生じます。

今後の法改正においては、動物たちの利益や立場を明確にし、目的に応じた適した用語と制度の構築が求められると考えます。

私たち人間が持つ他者への「やさしさ」や「思いやり」ももちろん非常に大事です。しかし、そこには主体である「感覚を持つ個々の動物たち」の存在があることを理解し、科学的根拠に基づく、きめ細やかな制度づくりを通じて、動物たちの主体性を真に尊重する社会を実現できることを願っています。