奈良の鹿愛護会保護施設で収容されているシカの飼育環境に関するWDIの見解

2023年10月18日

2023年10月1日、(一財)奈良の鹿愛護会の運営する保護施設「鹿苑」に収容されるオスジカたちへの虐待があったことが、同会獣医師が県や市に通報したことで判明しました。

施設に収容されている鹿たちの画像を報道記事などで拝見したところ、多くのシカたちには脱毛症状があり瘦せ細っていました。施設に収容されたシカ(特にオスジカ)は痩せ細り、ボロボロの状態になって死亡していたとのことです。

野生のシカの救護活動・保護飼育を行っているWDIの経験から、シカがこのような状態になり死亡するのは通常考えられません。シカたちがこのような状況になるのは、保護・飼育環境が適切ではないからです。

2019年、私が奈良の鹿愛護会へ視察に行った際にも、シカたちの扱いや職員のシカにたいする認識にショックを受けました。当時の視察で問題があると感じられた点はいくつかありましたが、今回、そのいくつかの問題を獣医師が県などに通報しています。この事案を未然に防ぐことができなかったことは、誠に遺憾です。

通報を受けた県と市は奈良の鹿愛護会の調査を行い、10月末までに報告書をまとめたいとしています。




【奈良の鹿愛護会のシカ虐待について県などに通報した獣医師の主張】


● 脱毛症状が現れる。

● 体重は約34kg(平均60~70kg)。

● 収容されて1カ月で死亡する個体、長くて数年で死亡する個体がいる。

     (体重が半分近く減少し、痩せてボロボロな状態になり死亡)    

● 約7割が餓死

     (「特別柵」では通常より安い金額が安い牧草を与え、量も十分でない)

● 「特別柵}では毎年オス・メス合わせて70頭ほどが死亡。

● 過密飼育による争いなどが発生。

     


【奈良の鹿愛護会の主張】


● ストレスによる食欲喪失、気力消失による体重の減少や死亡であり、虐待ではない。

● 野生のシカなので施設に収容された時点で気力を消失する。

● 角の形成時期には栄養を角に集中させるため、その時期は毛が抜けたり、痩せたりすることがある。

● エサや飲み水を与え掃除を毎日している。



【奈良の鹿愛護会の主張に対するWDIの見解】

まず、エサや飲み水を与えて、毎日掃除するのは、動物を飼育するうえで当然の行為です。そのうえで、ストレスによる食欲・気力の喪失については、施設内の生活環境に問題がある可能性が非常に高いと考えられます。

収容施設がシカたちにとってストレス負荷の少ない場所であれば、シカたちが気力や食欲を失うことはありません。

野生の動物たちの保護や飼育は世界各国で行われていますが、保護された健康な野生のシカが保護を原因として死亡するのは稀ではないでしょうか。他の国のシカの保護施設などを調べても、そのような例は今のところ見当たりません。

また、角へ栄養を集中させることで毛が広範囲に抜け落ちることについても、確証がありません。WDIで保護している一頭のオスジカは、去勢処置の後、落角せず角が形成され続けていましたが、毛が抜け落ちて皮膚が見える状態になることはありませんでした。山などに生活する野生のオスジカでも、当該症状を見たことは一度もありません。

さらに、長年シカの観察研究をする研究者によれば、栄養不良で死亡したシカや老化したシカの毛は抜けていなかったということです。

野生動物の脱毛症状について、海外の論文(※)では、「個体における脱毛症の重症度は、より狭い環境または専ら室内環境に生息する霊長類でより深刻になる傾向がある。さらに、脱毛症は、ストレス誘発性の生理学的または行動的変化によって引き起こされる可能性があり、環境の中の動物密度が最も高く関連している。」と述べられています。

以上より、施設に収容されているシカたちの脱毛症状は、皮膚疾患やストレス性脱毛、生活環境によるものなど、栄養に問題でないことが示唆されています。(ただし、偏った食生活による極端な特定の栄養素不足により脱毛症状があらわれることも獣医師によって示唆されています)。

奈良の鹿愛護会によって保護されたシカたちの状態の変化や死亡率からみて、施設側の飼育方法に問題があることは明らかです。虐待ではないという認識であっても、その行為が虐待の効果をもたらすのであれば虐待となります。

適切な飼育方法であれば、飼育下にあるシカたちは食欲の低下や気力の消失といった状態にはなりません。

シカたちの体調不良や死亡を「シカたちのせい」にせず、現状をしっかりと把握し、獣医師の指示に従い、適切な健康管理を行うよう改善を要求します。



(※)参考文献

・Hanspeter W. Steinmetz, Werner Kaumanns, Illona Dix, Michael Heistermann, Mark Fox, Franz-Josef Kaup Coat condition, housing condition and measurement of faecal cortisol metabolites – a non-invasive study about alopecia in captive rhesus macaques (Macaca mulatta) WILEY online Library、(最終閲覧日:2023年10月16日)。


・A non-invasive study of alopecia in Japanese macaques Macaca fuscata  Current Zoology, Volume 57, Issue 1, 1 February 2011, Pages 26–35,  Current Zoology、(最終閲覧日:2023年10月16日)。


・補足 

保護したシカが環境の変化により一時的に食欲の低下があっても、シカにとってストレスの少ない保護環境であれば、食欲は数日で回復します。




【総括】

動物の行動と状態は飼育環境をあらわしています。奈良の鹿愛護会によって保護施設に収容されている多くのシカたちが脱毛症状を発症し、瘦せ細りボロボロになって死亡していることから、施設側の飼育環境に問題があることは明らかです。

同会の獣医師は5年以上、施設に収容されている多くのシカたちを見ており、シカたちの状態を最も把握・理解しているはずです。県や市は「専門家に意見を求める」としていますが、5年以上シカたちの世話をし、診察・治療を行っている獣医師の話を聞くことが最も大事なことで、そこに力を注ぐべきです。

蚊帳の外の専門家が、仮に問題ないとの結論を下した場合、シカたちが置かれている状況は今後も改善しないでしょう。シカたちの状況と現場を正確に把握し、公正な調査と適切な改善が行われるよう、関係各機関に要請します。

また、施設環境の改善においては、適切な飼育基準である「動物の5つの自由」(The Five Freedoms for Animals)、環境エンリッチメントに沿うとともに、国際的に確立しつつある「動物の5つの領域」(The Five Domains)を取り入れることを、併せて提起します。




【要望書の提出場所】


奈良の鹿愛護会
奈良市保健衛生課
消費生活安全課 動物愛護係
奈良公園室
その他


*トップの画像は奈良公園で産まれて間もない子鹿です。母親は近くにおらず、小鹿はひとりで食べ物を探し歩いていました。子鹿は痩せ細り毛並みは非常に悪く、足取りがおぼつかない様子でヨタヨタ歩いていました。