「害獣」という言葉が見えなくしているもの
わたしたちはこの言葉を、あまり疑問を持たずに使っているかもしれません。

わたしたちはこの言葉を、あまり疑問を持たずに使っているかもしれません。
環境省は2025年10月末時点で、クマによる死亡事故を12件と公表(*1)しています。
日々ケガを負ったシカをレスキューし、野生復帰を目指して活動している Magnolia Fawn Rescue(米国のシカ保護施設) では、シカが麻酔で命を落とさないよう対策をとっています。
「助けたい」という気持ちと、「実際にできる」ことのあいだには、しばしば大きな隔たりがあります。
野生動物を救護したいという強い思いがあったとしても、その気持ちだけで適切な救護ができるとは限りません。必要なのは、知識と経験、そして冷静な判断です。
人類と野生動物がどう生きていくか――「共存」というテーマは、いまや世界的にも大切な課題となっています。自然環境の破壊や汚染の広がり、さらには密猟の深刻化などが進む中で、生態系の維持、そして動物たちとどう向き合うかという倫理的な責任を考えざるを得ません。この記事では、2025年9月現在のWDIの考える「共存」のあり方を、倫理の視点と実践の視点から見つめ直してみたいと思います。
ゴキブリを目にすると、多くの人は驚き、排除しようとします。近年ではゴキブリに限らず、カメムシ、アリ、ハチ、クモといった昆虫類に対しても、強い嫌悪や排除の傾向が顕著になっています。
「草食動物には飲み水が必要ない」という言説を耳にしました。主にヤギを飼育する人たちの間で広まっているようですが、野生のシカなどにも同様の主張が当てはめられていることを知りました。その根拠として挙げられるのが、「草食動物は植物を食べるため、植物に含まれる水分だけで生きられる」というものです。
近年、クマによる人身被害の報道を目にする機会が増えています。しかし、クマと遭遇した場合でも、適切な対応を取ることで、クマによる攻撃の損傷を最小限に抑えることが可能です。
この「かわいがる」「保護する」「大事にする」といった行為や「大切なもの」とする認識は、個人によってその形や捉え方が異なります。これらはあくまで人間が主体となって行うものであり、対象となる動物たちの意思や立場は基本的に含まれていません。つまり、「愛護」という言葉自体が、人間の主観的な視点で成立している概念なのです。
日本で最初に「猟友会」と名乗った団体は、動物学者・飯島魁らによって1892年に結成されたとされています。初代会頭を務めたのは、貴族院議員の大村純雄でした。当初、猟友会は軍や警察の下部組織として機能し、多くの場合、警察署長が猟友会の会長を兼任していました。